ある心理カウンセラーからのメッセージ I Know You Will Be Happy.
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正しいことをついつい押し付けてしまいそうになることは、「間違える訓練」をやらないことと関係があります。
「快・痛みの原則」という原則があります。別名「安全欲求」とも言いますが、人は快を求め痛みを避ける。多分、ほとんどの人がこの原則を納得できると思います。
一方、いつも繰り返すパターンを自動化してしまう仕組みを、人は持っています。
生まれてから、ずっと繰り返していること、ある場面でいつもやっている「心のつぶやき」などは当たり前なものとして染み着いてしまいます。
たとえば、私はパソコンで文章を書くとき、セーブボタンを「カチカチカチ」っと何度も押します。何度も押せば確実にセーブされるという安心があるからです。
昔、データがセーブされずパソコンがフリーズする経験を何度もしたので、その痛みを避けるために染み着いたパターンです。今はフリーズなんてほとんどないので、もう必要のないパターンですが、特に困ったこともないので、そのままになっているんです。
このように、気がつかないうちに人はいろいろなパターンを自動化します。そして気にしなければそれに気がつきません。
人の行動パターンは意識していないものがほとんどでそれはオートマティックだってことがわかってもらえると思います。
ところで、「間違えないこと」に関しては多くの人がよく考え、「間違えないように」と、それぞれのパターンを自動化しています。人それぞれパターンは違いますが、それは、ある共通の目的のために自動化されています。その目的とは、「痛みを避ける」ということです。
ところが、間違えた時とっさに対応すると、「間違えないようにする訓練」の成果が出てしまう。そこで、「間違える訓練」です。
とっさに対応してしまった時、できればその直前、一呼吸置いて「間違えた感じ」をしばらく歓迎して、味わいましょう。「来たね~、この感じ~(^-^)」って感じで。
その感じに名前をつけたり、連想されるイメージを味わったりするとなお効果があると思います。その感じや名前やイメージとなかよく付き合うことが、とっさのときに役に立ちます。
心理スキルという意味で言うと、アンカリングでもあるし、ひとりフォーカシングでもあるし、リフレーミングでもありますが、結局いろんな側面があるということなんです。
コツは「歓迎すること」です。いろいろ応用できますので、是非お試しあれ。
カウンセリングでは個別セミナー的なアドバイスもしていますので、いろいろと興味のある方は遠慮なくコメントください~。(^-^)/
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今回は、私のメルマガ
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未公開の今週号から一部変更してブログバージョンでお届けします。
………
突然ですが、あなたは次の文字から何を感じますか。まずはこれ。
「き」
次はこれ。
「好」
じゃあこれはどうでしょう。
「き好」
「逆じゃん。間違ってるよ」って思った方、後で説明しますね。
じゃあ、これは?
「好き」
「好」と「き」が重なって「好き」となったとき、単なる文字の組み合わせ以外の、全体から漂ってくる余韻のような物を感じませんか?
たぶん、日本語を知らない外国人が「好き」と「き好」をみても「東洋の文字が並んでいる」ぐらいしか感じないでしょう。でも、日本人がみると明らかに違うわけです。
なにが違うのかというと、物理的な違いはほとんどないわけで、そこにあるそれ以外の何か余韻のようなものが違うわけです。
ひとりひとりが「好き」という文字をみて、自分の経験からその「語感」を埋めている。
ところで、「き好」をみたとき、「逆じゃんまちがってるよ」って思った方。
どうしてまちがっているとわかったのでしょうか。
それは過去に、これが正しいという経験をしているからなんです。
つまり、「好き」が正しいという経験を積んできた。だから、「き好」は間違っている。
たまたま突然、日本にテレポートしてしまった日本を知らないアメリカ人には「オー、ファンタスティック、ジャパン」としか思わないでしょうね~。(英語がちぐはぐなのはおいといて…)
正しいという体験や経験は自分の中にある、うたかたのようなもの。
そういう経験は、家庭や社会でのコミュニケーションの中で培われていきます。
私はそれを「社会の余韻」と呼んでいます。
あっ、いつものごとくやのぴん☆彡用語ですので、他では通用しません。(笑)
さあ、最後に「き好」と何度も言ってきましたが、この言葉(?)、最初に見た時よりもなじみが出てきたと思いませんか?
語感とはそのように作られます。使っているうちになじんでくる「き好」という言葉。
「き好」の正しい使い方とは何でしょう?
「き好」の正しい使い方を考えてみませんか?
だんだん、「き好」がなじみの言葉になってきましたね~。(^-^)v
はい、今日はこの辺でおしまいです。
では、また会いましょう。さいなら、さいなら、さいなら。
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私は現在、個人でカウンセリングルームをしながら、Teamこころ機構という団体のメンバーとしての活動もしています。
先日、某専門学校からコミュニケーションワークの依頼があり、Teamこころ機構から私を含め数人がファシリテータとしての仕事に行ってきました。
趣旨は、新入生がお互いに交流を深め会い、コミュニケーションについて考えてもらうためのワークということでした。
構成的グループエンカウンター(SGE)というグループワークの手法を使って行うのですが、通常のカウンセリングと違い、多人数で協力して行う楽しさがあり、心を開いたコミュニケーションが自然とできるという感じが、やっているほうも楽しいんです。
静かに話を聞く感じではなく、ガヤガヤとやっている感じなんですね。
実際、何をするかというと、「ゲーム」なんです。(^-^)
答えは、それぞれが、その時に感じていることです。
「頭でわかるのではなく、身体でわかって、使えるコミュニケーションワーク」
終わった後に、廊下から「面白かった」という声が聞こえるのがまた嬉しかったりして…。
とても有意義な時間でした。
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多くの、経営者やアスリートたちは、心理カウンセリングやコーチングを定期的に受けています。
「自分に厳しい人ほど、心のメンテナンスを必要とします。」
では、なぜ心のメンテナンスが必要なのでしょうか。
人は、同じパターンを何度も繰り返すことによって、そのパターンが無意識にできるようなしくみを持っています。
生きてきた歳の数だけ、たくさんのパターンを無意識に出来るようになっていきます。
ついつい、やってしまう心の癖ってあると思いますが、それがそのパターンです。
心の癖の中には昔、自分が生き残るために必要だったものもあり、それが定着すると、そうするのはそれが「自分の性格」、「自分の信念」だからと、思いこんでしまうこともあります。
人生の中で大きな変化があると、そのパターンがうまくいかなくなる事があります。ついつい、やってしまう心の癖の変更が迫られるのです。
しかし、「自分の性格」や「自分の信念」を簡単に捨てることなんてできるわけがありません。
そうすると、ストレスをかかえてしまいます。
ところで、自分の性格や信念って自分で気付けると思いますか。
もちろん気付くことができます。しかし、簡単ではありません。なぜなら、それは自分自身にとって「あたりまえ」だからです。
そこに気付くための援助者が心理カウンセラーです。
何十年もかけてようやく気付くことに、数カ月で気付くことができます。
小さいころから「苦しい中で生きてこそ意味がある」と思っていると、やることなすこと苦しさを求めるようになります。でも、「苦しまなくても生きる意味がある」という選択もあります。
心理カウンセリングは、何か別の信念を信じ込ませるものではありません。むしろ、いくつもの価値を自分の意志で自由に選べるようになるためのものなのです。
たとえば、「苦しい中で生きてこそ意味がある。」という価値と「苦しまなくても生きる意味がある。」という価値どちらを選ぶのも本人の自由です。自分がより幸せだと思えるものを選べばいいのです。
私は心理カウンセリングについて知っていただいて、自分自身のために有効に活用してもらいたいと思っています。
折に触れ、差し支えのない範囲で、セッションでの出来事なども綴っていきたいと思います。
それではまた。(^-^)/